2024.07.24
労災認定を受けると会社はどうなりますか?使用者側の弁護士が徹底解説!



野上 晶平
弁護士これまでも、そしてこれからも、真摯に、そして全力で取り組んでいくことをお約束いたします。
1 労働災害とは?
労働災害とは、労働者が労務に従事したことによって被った死亡、負傷、疾病のことをいいます。
労働災害には、「業務災害」と「通勤災害」の2種類があります。
(1)業務災害
「業務災害」とは、業務が原因となって生じた労働者の傷病等をいいます(労働者災害補償保険法第7条1項1号参照)。
会社の賠償問題等になるのは、ほとんどがこの業務災害の事案です。
業務災害が認められるためには、
①業務遂行性(使用者の支配下にある状態)があること
②業務起因性(業務に内在する危険が現実化したものと認められること=因
果関係)があること
が必要です。
(2) 通勤災害
「通勤災害」とは、通勤時に生じた労働者の傷病等をいいます(労働者災害補償保険法第7条1項3号)。
通勤災害については、会社の賠償問題等になることはほとんどありません。なぜなら、通勤中の事故に関しては、会社の責任というものが観念しにくいからです。また、通勤災害の場合には、業務災害とは異なり、解雇制限等もありません。
なお、通勤時に生じた傷病すべてが労働災害になるわけではなく、「合理的な経路及び方法」による移動であることが必要です(労働者災害補償保険法第7条2項)。
(3)業務災害における「業務遂行性」、「業務起因性」の判断
(ア)使用者の支配下+管理下にあり、労働者が業務に従事していた場合
【例】工場内で勤務していたところ、転落事故に遭った・同僚の運転するクレーンに轢かれた等
この場合、自然現象(昭49・10・25基収2950号では、「その天災地変が非常な強度を有していたため、かかる要因の有無に関係なく一般に災害を被ったという場合には業務起因性が認められない」としています。ただし、同通達は、「当該被災労働者の業務の性質や内容、作業条件や作業環境あるいは事業場施設の状況などからみて、かかる天災地変に際して災害を被りやすい事情にある場合には、天災地変に際して発生した災害についても業務起因性を認めることができる」ともしています。)、労働者の私的な逸脱行為等があるような場合を除き、原則として業務遂行性、業務起因性のいずれも認められるとしています。
(イ)使用者の支配下+管理下にあるが、業務に従事はしていなかった場合
【例】休憩時間中に、会社の敷地内でスポーツをしていたところ怪我をした等
この場合、業務起因性が否定されるすなわち業務に内在する危険が現実化したとは認められないことが多いです。ただし、会社設備の不備や、業務時間中の事象(業務時間中の歩行や移動)によるものであれば、業務遂行性、業務起因性のいずれも肯定される傾向にあります。
(ウ)使用者の支配下にあるが、管理下は離れている環境で業務に従事していた場合
【例】出張中や営業で外回り中に怪我をした、在宅勤務中に怪我をした等
この場合、業務に従事していると評価できる場合には、原則として業務遂行性、業務起因性のいずれも肯定されることになります。出張中の個々の行為においては、空き時間に、出張地で観光する等の私的行為・恣意的行為(泥酔しての階段からの転倒、外出して飲み歩いている際の事故、映画館に立ち寄っている際の事故、出張経路を離れて観光地を訪れている間の事故、出張中の空き時間に友人を訪ね、歓談している間の事故等)を除けば、一般的には出張に当然または通常伴う行為であるとして広く業務遂行性が認められています。
また、「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(平30・2・22基発0222第1号)では、企業がテレワーク制度を適切に導入及び実施するに当たっての注意点として、「労使で認識に齟齬が生じないように、あらかじめ導入の目的、対象となる業務、労働者の範囲、テレワークの方法等について労使委員会等の場で十分に納得のいくまで協議し、文書にして保存等する手続をすることが望ましい」こと、併せて、「業務内容や業務遂行方法等を明確にして行わせることが望ましい。また、あらかじめ通常又は緊急時の連絡方法について、労使間で取り決めておくことが望ましい」とされています。
在宅勤務中の業務災害に関しては、まだまだ具体的認定事例が積み上がっておらず、認定基準も発出されていないことから、個別に具体的な状況を把握して労災申請に対応することになると思われます。
事業場外みなし労働時間制とその要件
会社に通勤している労働者は使用者の指揮監督のもとで働いているため労働時間の算定が行いやすいですが、テレワークのように社外で働く場合は使用者の指揮監督が及びづらいため労働時間の算定が困難な傾向にあります。
事業場外みなし労働時間制(労働基準法38条の2)とは、労働時間の算定が困難な場合に所定労働時間の労働をしたとみなす制度のことです。
たとえば所定労働時間を1日8時間とみなすことで、実際の労働時間が7時間でも8時間労働したとみなされ、反対に労働時間が9時間でも8時間労働したとみなされます。
しかし、この制度は労働時間の算定が困難な場合に適用が認められるため、テレワークでこの制度を導入するためには、以下2つの要件を満たす必要があります。
① 情報通信機器が使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
具体例
・勤務時間中に自分の意思で通信回線自体を切断することができる
・勤務時間中の通信回線切断はできず、使用者からの指示も情報通信機器を用いて行われるが、労働者が自らの意思で情報通信機器から離れることができ、応答のタイミングも労働者が判断できる
・会社から支給された携帯電話等を所持していても、かかってきた連絡に応答するか否か、また、折り返しのタイミングをいつにするのか、労働者側で判断できる
② 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
具体例
・使用者の指示により一日の作業内容や作業時間などが決まるなど、労働者の作業量や作業時期・方法等を具体的に特定するものではないこと
女性は、いずれの要件も満たしておらず事業場外みなし労働時間制は採用されないと主張しており、パソコン履歴やメールなどのやり取りから算出された発症前2か月間の残業時間は100時間を超えていました。
これを受け、横浜北労働基準監督署は、女性の適応障害は業務による強い心理的負荷がかかったことで発症したとして労災認定しました。
2 会社側の労働災害とは?
現在、様々な法律事務所が、労災賠償請求について、残業代請求と同じように、労働者向けに広告を出し、「ビジネス」として注目されています。
労災賠償請求が「ビジネス」として注目されている理由は、労災認定がされたケースの多くで、会社の賠償責任が認められ、また、ある程度の後遺障害等級がつけば、賠償額も高額化する傾向にあり、しかも相手は会社であることから、個人よりも回収可能性が高いと思われている点にあります。
それだけでなく、多くの弁護士は交通事故を手がけていますが、労働災害における損害額の算定等、労災賠償請求は、交通事故との親和性が高いことから、多くの弁護士が参入しやすい、という事情もあります。
労災賠償請求における賠償額の高額化という観点からは、民法改正により、後遺障害が残存するような労働災害の事案では、賠償額がより高額化することになりました。後遺障害による逸失利益を計算する際に用いるライプニッツ係数が変わり、労働能力喪失期間がかなり伸びることになりました。
さらに、令和3年に、脳・心臓疾患の労災認定基準が改定され、より労災認定がされやすくなりました。そのため、今後、過労死事案は増えていくことになると思われます。
会社側において、労働災害の事案で弁護士に依頼するのは、多くの場合が、被災労働者側からの賠償請求がきてからになると思われます。しかしながら、労災事件において、実は、初動対応というのは非常に重要です。
会社側において、労働災害の事案が発生した際には、被災労働者の救護、労働基準監督署への報告、書類提出等、会社側でやるべきことは非常に多いです。
特に、現場災害の場合は、事故状況に関する資料をきちんと残すことがとても重要です。労働基準監督署任せにするのではなく、会社側で独自に、事故現場の写真撮影、目撃者や関係者からのヒアリングの実施、事故状況に関する記録(文書+図面)を残しておく必要があります(※この「図面まで残しておく」ということが重要です。)。また、被災労働者へのヒアリングも、被災労働者の容態が落ち着いてからでよいので実施すべきです。
実際の事案では、労災事故が発生してから、会社に対する賠償請求がされるまで、かなりの期間が空くことが多く、1年以上経ってから賠償請求がされるということはよくあります。なぜなら、労働者は、基本的に治療が終了してから弁護士を立てて賠償請求を行うことが多いため、治療期間が長ければ長いほど、労災事故から賠償交渉 までの期間は空くことになるのです。そのため、賠償請求があってから初めて、当時の事故状況を確認(労働者の言い分が正しいのかどうかを確認)しようとしても、資料が残っていなかったり、記憶が曖昧になっていたり、そもそも、当時、被災労働者の傍にいた従業員が既に退職してしまっていたりして、事故状況がまったくわからないということがあります。
そのため、労災事故が発生した場合、速やかに、事故の記録を残しておくことが、後々役立つことになります。
3 労災保険によるカバー~労災隠しについて~
労災認定がされた場合、労災保険より以下の給付がなされます。
- 療養補償給付:傷病の治療(薬剤費等も含む)
- 休業補償給付:療養のために労働ができない場合、休業の4日目以降、給付基礎日額×80%(休業補償給付が60%、休業特別支給金が20%)が支給されます。
- 傷病補償給付:療養開始後1年6か月経過時に重篤な傷病が残存した場合に年金・特別支給金が支給されます。
- 障害補償給付:治癒(症状固定)時に残存した後遺障害等級に応じて、年金・一時金・特別支給金が支給されます。
- 遺族補償給付:被災労働者が死亡した場合、遺族に年金又は一時金が支給されます。
- 葬祭料:被災労働者が死亡した場合、葬儀主催者に葬祭料が支給されます。
- 介護補償給付:常時介護・随時介護を要する状態にあり、現にこれらの介護を受けているときに支給されます。
このように、労災保険では、労働災害によって発生する様々な費用についてカバーされますが、上記を見ていただくとお分かりいただけるとおり、労災保険では「慰謝料」は一切保証されません。また、休業補償、後遺障害に関しては⼀部しか補償されないことから、労災保険で賄えない部分は会社が支払う必要があります。労働災害によって、被災労働者に重篤な後遺障害が残存した事案や死亡事案では、数千万〜億を超える賠償責任が会社に発生することもあります。
また、労災保険料をあげたくない(従業員が20名を超える事業所の場合)、元請会社や取引先に迷惑をかけたくない、といった理由で「治療費はとりあえず会社の方で負担します」、「ひとまず健康保険で治療を受けてください」等と労働者に指示し、労災保険を使わない、いわゆる労災隠しと呼ばれる事案に当たることがあります。
しかしながら、その後、労働者が「希望する金額(たとえば、500万円)を支払わないなら、労働基準監督署に相談に行く」と、会社に請求してくることで、会社として窮地に立たされたり(労働者の求めに応じないと、労災隠しが発覚してしまう)、労働基準監督署の調査や労災病院からの通報によって労災隠しが発覚することもあり、刑事罰(50万円以下の罰金)が科されることになります。
その他、送検され刑事罰を受けたことによって、報道の対象となったりすることで企業イメージが失墜したり、業種によっては許可の取消理由となることもあるため、労災隠しをすることは企業にとって極めて危険であるといえます。
4 労働災害が発生した場合の会社側のリスク
労働災害が発生した場合に考えられる会社側のリスクとしては、概ね以下のものが挙げられます。
(1)行政上の責任
労災事故の内容によって、労働安全衛生法違反・労働基準法違反等を理由に、労働基準監督署より是正勧告を受ける可能性があります。
また、機械設備の使用停止や作業停止などの行政処分を受ければ、生産ラインや工事等が止まり、会社の存続を揺るがしかねない事態になることもあります。その他、建設業、運送業等、許認可が絡む業種では、営業停止・許可取消等の行政処分を受ける可能性があります。
(2)刑事上の責任
重大事故や違反の程度が大きい場合には、労働安全衛生法違反を理由に送検され、違反行為をした個人(現場責任者等)+法人そのものが刑事罰を受ける可能性があります(両罰規定)。主な刑事罰規定は、以下のとおりです。
労働安全衛生法第119条(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)
例:安全衛生措置義務違反、無資格違反
労働安全衛生法第120条(50万円以下の罰金)
例:安全衛生管理体制違反、報告義務違反等
労働安全衛生法第122条
責任者のみならず法人も罰する(両罰規定の根拠条文)
刑法第211条 業務上過失致死傷罪(5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金・※令和7年6月1日より改正法が施行され、「懲役若しくは禁錮」から「拘禁刑」となります。)
(3)民事上の責任
会社は、会社の安全配慮義務違反(債務不履行・不法行為)や使用者責任を理由に、被災労働者や遺族から高額な損害賠償を請求される可能性があります。
上述したように、労災保険では「慰謝料」は一切保証されず、休業補償、後遺障害に関する補償も一部しか補償されないことから、労災保険で賄えない部分は会社が支払う必要があります。
この部分について、被災労働者又は被災労働者の遺族から、損害賠償請求という形で請求を受けることになるのです。
(4)レピュテーションリスク
労災事案を理由に、送検時の企業名公表や、SNSでの拡散等により、「ブラック企業」としてのレッテルが貼られ、企業価値が毀損される可能性があります。
厚生労働省のホームページに、労働安全衛生法違反を中心に、企業の実名入りで、違反事案の内容が公開されています。
5 労災保険料について(労災上乗せ保険について)
実際に、労働者から損害賠償請求を受けた際は、和解の可能性も検討していくことになります。そして、和解の検討においては、労災上乗せ保険(民間の保険)に加入しているかが非常に重要です。そこで、労働者との交渉開始前に、自社の保険加入の有無及び保険内容を必ず確認しておきましょう。
6 安全配慮義務について
(1)民事上の賠償責任
上述したように、労働災害が発生した際の会社側のリスクとして、会社が民事上の責任を負うことが挙げられます。
実際には、労災認定がされたからといって、当然に会社に賠償責任が発生するわけではありません。労働者の会社に対する請求の根拠は、①直接の安全配慮義務違反(債務不履行(民法第415条)又は不法行為(民法第709条))もしくは②使用者責任(民法第715条1項・加害労働者が観念できる場合)であるため、各請求の要件を満たさなかった場合には、会社は損害賠償義務を負いません。ただし事実上、多くの場合、会社が責任を免れるのは困難です。
(2)会社が争うべきポイント
会社が、労働者からの損害賠償請求を争うポイントとしては、以下の①〜④があります。
- そもそも労働災害に当たるか
- 会社に安全配慮義務違反等はあるか
- 労働者側に過失はないか
- 請求内容の妥当性等
(3)そもそも労働災害に当たるか
労働基準監督署が労災認定をしなかった場合でも、労働者が安全配慮義務違反等を理由に、会社に対し、損害賠償請求を起こしてくることはまれにあります。そのような場合は、労働者に、労災関連書類(労災申請の結果と支給決定通知書又は不支給決定通知書など)をすべて提出させるなどして、会社とって有利になるよう進めることが考えられます。
反対に、労働基準監督署が労働災害に当たると判断している事案では、労災該当性をどこまで争うかという点は検討すべきです。あくまで、労働基準監督署の判断ですので、裁判所が異なる判断を出す可能性もありますが、労災認定がなされていると、事実上、会社の責任が推定されていると考えておいた方が良いように思います。そのため、交渉 での解決を目指すべきか、訴訟内で判断してもらうかの検討に当たっては、裁判所で異なる認定をして貰えるほどの証拠や資料があるか、という観点からの検討が重要になってきます。
(4)安全配慮義務について
安全配慮義務に関する会社側の主張としては、「労働者の過失が極めて⼤きいから、会社の安全配慮義務違反はない」というものが考えられます。
実際に、立正佼成会事件(東京高判平20年10月22日)、マツヤデンキ事件(大阪高判令2年11月13日)、大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件の一審(大阪地判令3年10月28日)等、労災認定後の民事訴訟において、会社の安全配慮義務違反を否定した裁判例もあります。
立正佼成会事件(東京高判平20年10月22日)
【事件の概要】
小児科医がうつ病を発症・増悪し自殺したのは、病院が適切な労務管理を怠ったのが原因として遺族が損害賠償を請求したという事案です。
【判決の概要】会社側勝訴
裁判所は、「本件のような安全配慮義務ないし注意義務の存否が問題となる事案においても、労働者(亡F)にうつ病が発症することを具体的に予見することまでは 必要でないものの、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積することにより、亡Fの心身の健康が損なわれて何らかの精神障害を起こすおそれについては、具体的客観的に予見可能であることが必要とされるべきである。」と述べたうえで、「使用者側において、それらの問題によって亡Fが疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ、心身の健康を損なって何らかの精神障害を起こすおそれを具体的客観的に予見することはできなかったものであり、かつ、亡Fが精神障害を起こしていることはもとより、精神的な異変を来していることを認識することもできなかった」とし、使用者側において、自殺した労働者が疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ、心身の健康を損なって何らかの精神障害を起こすおそれを具体的客観的に予見することはできなかったことを理由に、安全配慮義務違反ないし注意義務違反を否定しました。
マツヤデンキ事件(大阪高判令2年11月13日)
【事案の概要】
上司や同僚の暴力でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したとして、会社及び従業員に損害賠償を求めた事案です(労災給付支給決定あり)。
【判決の概要】会社側勝訴
本件では、問題となった上司や同僚の暴力よりも以前に、暴力を伴う指導があったことをうかがわせる事情や証拠はないこと、上記問題となった暴力が、偶発的に行ったものや、とっさに行ったものであると評価できること等の事実関係を根拠に、労働者が上司や同僚から暴力を伴うような指導や叱責等を受ける可能性があることを予見することができたとは認めることができないことを理由に、上記問題となった暴力があった当時、会社に、上司や同僚に対して業務上の注意・指導を行うに当たり暴力を伴うような指導等をすることがないよう注意すべき義務があったとはいえ ないとして、予見可能性を理由に、安全配慮義務の存在を認めませんでした。
大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件(大阪高判令4年10月14日)
【事案の概要】
24時間営業の同じ給油所で深夜早朝のほか、休日も副業で働いた従業員が、適応障害を発症したなどして損害賠償を求めた事案です(労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付の支給決定あり)。
【判決の概要】会社側敗訴(ただし、4割の過失相殺認定)
一審の大阪地裁は、労働時間、休日に関する労働基準法の趣旨を損なう行動を自ら積極的に取っており、会社が休むよう注意していたことも考慮して安全配慮義務違反を否定しました。
ただし、労働者側が控訴したところ、大阪高裁は、同一店舗における兼業の就労状況を本業は比較的容易に把握でき、連続かつ長時間労働を解消せず安全配慮義務違反を認定しました(4割の過失相殺)。
(5)労働者側の過失(過失相殺)
会社側の損害賠償責任が認められとしても、労働者側に、①既存障害がある、②健康管理上の問題(飲酒・喫煙、趣味による睡眠時間の減少、必要な治療を受けていない等)、③業務量の調整を自ら行うことができたのにこれをしていない、④業務過多・体調不良等を会社・上司に報告・相談していない、⑤私生活や自らの業務上の問題行動が心理的負荷の原因になっていた等の事情があるときには、これらの事情が、労働者側の過失・素因として考慮されることがあります。
川崎製鉄事件(岡山地倉敷支判平10年2月23日)
【事案の概要】
製鉄所で勤務していた労働者が、飛び降り自殺したことにつき、遺族である妻子が、自殺の原因は残業や休日出勤等の長時間労働によるものであるとして、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めた事案です。
【判決の概要】
会社には、労働者の常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態の悪化を知りながら、その労働時間を軽減させるための具体的な措置を採らなかった債務不履行があるとする会社の責任を認めた一方で、「うつ病の罹患には、患者側の体質、気質、性格等の要因が関係していると認められるところ、労働者(A)は仕事に厳格で、几帳面、完全志向、責任感が強く、常に仕事に前向きに向かうという姿勢で臨んでいたもので、Aにこのようなうつ病親和性が存したことが、結果として仕事量を増大させ、より時間が必要になり、更には自己の責任とはいえないものまで自己に抱え込み責任を感じて思い悩む状況を作り出した面は否定できないこと、Aは、社内的には、労働基準法第41条第2号の「管理の地位にある者」であり、原則として労働時間の拘束を受けず、自ら労働時間の管理が可能であったのに、E課長からの担当の仕事を引き受けようかとの申出を断る等、適切な業務の遂行、時間配分を誤った面もあるということができ、更にAが毎晩相当量のアルコールを摂取し、そのため時間を費やしたことが睡眠不足の一因となったこと等から、Aにもうつ病罹患につき、一端の責任があるともいえること、Aは家庭内でうつ病によると見られる異常言 動があったものの、被告(会社)内では特段の異常言動が認められなかったこと、AはK病院で服薬を指示され、投薬後微熱及び寝汗の症状が改善されていないにもかかわらず、医師にその旨を申し出ず、自らの判断で受診を中断したこと、原告(妻)はAの長時間労働の実態を認識し、その異常言動に気付いていたにもかかわらず、単に会社を休むようにいったり、病院に行くよう勧めただけで、専門医の診察を受けさせる等適切な対応を怠ったこと、原告は、Aの健康を考え、アルコールを止めさせて睡眠を十分とらせるべきであったにもかかわらず、アルコールを止めさせなかったこと等の諸事情が認められ、これらを考慮すれば、Aのうつ病罹患ないし自殺という損害の発生及びその拡大について、Aの心因要素等被害者側の事情も寄与しているものというべきであるから……過失相殺の規定を類推適用して、発生した損害の5割を被告に負担させるのが相当である」と判断しました(上記のうち、③の「業務量の調整を自ら行うことができたのにこれをしていない」ことを理由に、5割の過失相殺を認めました。)。
アテスト(ニコン熊谷製作所)事件(東京地判平17年3月31日)
【事案の概要】
業務請負会社の従業員が自殺したため遺族が勤務先と発注先の両社に損害賠償を求めた事案です。
【判決の概要】
東京地裁は発注先が業務指示・管理していたとし、自殺の原因は業務過重によるうつ病と認め、健康状態悪化の予見可能性も肯定し、安全配慮義務違反に基づく責任を負うと判示した一方で、「会社においては、労働者である亡Aの健康状態の悪化に気付かず、また、亡Aの遺族も、亡Aの身近におらず、事態の深刻さに思い至らないうちに、亡Aが自ら死を選んだことは、まことに不運な出来事である」として、3割の過失相殺をしています。
(6)請求内容の妥当性
最終的に、会社が支払う損害賠償金の額を正確に調整するためには、既払金の計上が漏れていないかを確認することが必須です。そのためには、労働者側に「労災保険支給決定証明」という書面を出してもらうべきです。
また、休業の必要性、相当性・後遺障害等級の妥当性(既存障害を含む)・逸失利益の発生・労働能力喪失率の検討(特に圧迫骨折、醜状障害等)・慰謝料の妥当性(治療期間の相当性の検討等)等を中心に検討することが大事になってきます。
そして、最終的な請求内容の検討のためには、カルテの開示・検証は必須であり、労働者側から開示してもらうか、同意書を取得して会社側で取り付けることになります。
7 弁護士による労働災害対応
労働災害に対する初動対応は、非常に重要です。労働災害が発生した際に、すぐに弁護士に相談することで、
・労災事案が発生した際の事故状況に関する資料の残し方
・被災労働者へのお見舞いや遺族への接し方
・労働基準監督署対応
などの初動対応について、事案に応じた的確なアドバイスを受けられます。
特に、労働災害であること自体を争わなければならない場合(そもそも被災現場を目撃した者がおらず、客観的状況からも、労災事故の発生自体が疑わしい場合、ハラスメントが原因でうつ病になったと主張しているが、そもそもハラスメントの事実が認定できない場合(ハラスメント該当性が微妙な場合も含む)、うつ病の発生や因果関係が不明な場合、業務により腰痛を発症したと主張しているが、労働者が既存障害を持っており、業務上の理由によるものかが不明な場合など)の初動対応は、非常に重要です。
このようなケースの場合には、労働者の求めに応じて、安易に労働災害の書類(死傷病報告等)に事業主証明を行ってはいけません。損害賠償請求のフェーズになると、100%書類が出てきます。このとき、事業主証明に記載された事実を後々争うことは極めて困難です。労働災害自体を争うのであれば、証明すべきではありません。
事業主は、事業主証明をする義務はありません。労働者災害補償保険法施行規則第23条2項は、「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。」と定めていることから、事業主に対し、証明への協力義務を会社に課しているように思えます(実際、そのように主張してくる労働者側の弁護士は多いです。)。
しかしながら、これは、争いがある場合にまで事業主証明を強制するものではないと考えられていることから、争いのある場合に、会社が事業主証明をしなくても、会社にとって大きなデメリットはありません。むしろ、前述したように、争いがあるにもかかわらず、事業証明をすることによるデメリットがあまりにも大きいです。
なお、事業主が証明に協力しない場合でも、労働者自ら労災申請を行うことは可能ですので、その旨を説明し、労働者の請求に委ねることとするべきです。ただし、ここで重要なのは、会社側としても「なぜ事業主証明ができないか」、「なぜ労働災害に当たらないと考えているか」といった点につき、労働基準監督署に意見書を提出すべきです(労働者災害補償保険法施行規則第23条の2参照)。
このような事案においては、「事業主証明をしない理由」「労災申請に対する意見書」をそれぞれ提出するようにしています。
こういった意見書については、作成に慣れている弁護士に依頼をすべきです。
8 労働災害における虎ノ門法律経済事務所の解決実績
(1)従業員が、ハラスメントが理由で適応障害を発症したと主張し、労災申請を行った事案
【事案の概要】
従業員が、上司からのハラスメントが原因で、適応障害を発症したとして、会社に対し、労災申請書類に事業主証明を求めてきた事案において、ご相談、ご依頼を受けました。
従業員の主張するハラスメントがあったという事実は、会社としては認め難く、仮に、従業員の主張する事実が真実であったとしても、とてもではないが、適応障害を発症する理由とはならないでしょう、という事案でした。
【当所の対応】
そこで、会社には、事業主証明は断ってもらい、「事業主証明をしなくても、労災申請はできる」ということを、従業員に伝えていただきました。
そのうえで、会社独自の立場から、「事業主証明をできない理由書」及び「従業員●●氏による労災申請に対する意見書」を提出しました。なお、意見書は、10ページほどになり、独自に資料等もつけました。
その後、労働災害として認められなかったようです(労働災害として認定されたかどうかについての結果は、労働基準監督署から労災申請した従業員本人にのみ通知され会社には通知されませんので、従業員づてに聞きました。)。
初動対応において、適切な対応をした結果、労災認定がされず、その後の損害賠償等もされることはありませんでした。
(2) 従業員が、セクハラを理由にうつ病や適応障害を発症したと主張し、労災申請を行ったが、労災申請については不支給、会社に対する損害賠償請求も認められなかった事案
【事案の概要】
従業員が、同僚からのセクハラを原因に、うつ病や適応障害を発症したとして、労災申請を行った事案です。
【当所の対応】
まず、従業員が主張するセクハラに関し、会社におけるヒアリング等の調査について、助言させていただきました(ヒアリングメモの作成等)。そのうえで、従業員が主張するセクハラの事実は認められないという会社の調査結果を理由に、労災申請書類に事業主証明は行わず、労働基準監督署に対し、「事業主証明をできない理由書」及び「従業員●●氏による労災申請に対する意見書」を提出しました。
その後、本人は、損害賠償請求訴訟を提起しましたが、訴状には、「労働災害として認められている」という記載がなく、労働基準監督署からの書類も証拠として提出されていなかったため、労働災害として認められなかったと考え、労働者に対し、労災関係書類(申立書、本人及び関係者の供述録取書、監督官の調査復命書、その他関連書類)の文書提出命令を申し立てました。
その結果、労働災害は認められていなかったことがわかったため、それらの資料も引用しながら、従業員の主張する事実関係が認められないこと、会社に安全配慮義務違反がないこと等を訴訟において主張した結果、従業員の損害賠償請求は認められませんでした(棄却されました。)。
9 会社側の労働災害については弁護士にご相談ください
以上見てきたように、労災事案においては、初動対応が重要であること、会社の損害賠償のフェーズに入ると、そもそも労働災害なのか、安全配慮義務違反があるのか、労働者に過失がないのか、請求額は妥当なのか、といった判断が必要になってきます。そのため、労災事案が発生した場合は、速やかに使用者側労働事件に詳しい弁護士に相談・依頼されることをおすすめいたします。


野上 晶平
弁護士これまでも、そしてこれからも、真摯に、そして全力で取り組んでいくことをお約束いたします。
テレワークで日本初の労災認定
2024年3月8日、医療機器メーカーで働く50代女性が長時間におよぶ時間外労働により適応障害を発症したとして労災認定を受けました。女性は会社で経理や人事を担当していましたが、コロナ禍の影響でテレワークとなり、事業場外みなし労働時間制で業務に従事していました。
今回の労災認定は、日本で初めてテレワークという働き方でなされたものであり、テレワークを採用している会社にとっては今後の労務トラブルを防ぐために知っておいた方がよい一件であるといえます。